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コラム

2019.3.26 更新

スーパーマーケットにおけるスマートフォンアプリ活用の現状

渡邊 秀介
公益財団法人流通経済研究所 研究員

顧客接点としてのアプリ
 スマートフォンアプリ(以下アプリ)が、さまざまな企業に活用されはじめて久しい。スマートフォンが普及し、その利用時間が増大する中で(図1)、情報発信メディアとしてのアプリがマーケティング戦略における相対的な重要度を増しつつある。

 小売業もまた、新しい情報発信・顧客接点づくりのためにアプリの活用を進めている例が増えている。Amazon.co.jpのようなECの購入決済機能を備えた多機能で洗練されたアプリだけでなく、ECではない店舗小売業が提供する、来店と購買を促進するためのいわゆるO2O(Online to Offline)向けのアプリも多い。アプリの2大プラットフォームの一つであるiOS App Storeを見てみると、登録アプリ数が多い業態は(通販・ECを除くと)スーパーマーケットとアパレルで、いずれも検索で分かる範囲だけで50以上あり、必ずしも大企業でなくとも徐々に導入が進みつつあることが窺われる。

スーパーマーケットのアプリのユーザー評価
 しかしここで、この2業態についてアプリの評価を見てみると(図2)、特にスーパーマーケットでのアプリ導入の難しさが見えてくる。iOS App Storeでは、ユーザーが1~5点の5段階でアプリを評価することができ、その平均点がアプリごとに公開されているが、これをアプリ全体の平均を取って比べてみると、アパレルが3.2点、スーパーマーケットが2.7点と、後者の点数のほうが低い。点数の分布を見ても、アパレルが中間の3点を最頻値とした分布であるのに対し、スーパーマーケットは2.5点を最頻値として左側に歪んだ分布になっている。これが意味するのは、アパレルは「良いアプリも悪いアプリもあるが、全体としては中間の3程度の評価」である一方、スーパーマーケットでは「良いアプリは少なく、中間的な評価である3を下回るようなアプリが多い」ということである。このことは、スーパーマーケットのアプリの多くは、機能やUI(注1)において、ユーザーが想定する水準に現状では到達していないことを示している。

 いくらアプリを開発し市場に投入したとしても、機能が不足していたり使い勝手が悪かったり、サービスとしての完成度が低かったりする場合、当初の目的である情報発信や顧客接点づくりは十全には果たされない。特にスーパーマーケットのアプリは、そのチェーンを頻繁に利用する優良顧客がより多く使うことが想定されるから、余計なマイナスイメージを喚起してしまうこの問題はより深刻である。決済などがない限られた機能のアプリであったとしても、単に形だけ整えるのではなく、きちんとユーザーが望んでいるものに応えるものを提供しなければならない。

顧客視点のアプリ構築:ベルクアプリを例に
 ではどのようなアプリであれば、ユーザーの支持を獲得し、適切な顧客接点を築くことができるのだろうか。一例として、スーパーマーケットのアプリの中でも平均3.6点と比較的高い点数を獲得しているベルクのアプリ(図3)を見てみたい。


出典:iOS App Store https://itunes.apple.com/jp/app/ベルクアプリ/id1383651288


 ベルクアプリは、機能としてはWebチラシとクーポン、会員カード連携などを揃えた一般的なアプリに見えるが、他のアプリと異なる点は、アプリ上でのPDFチラシ表示をなくし、その代わりに、特売商品を独自のUIで見やすく提示しているところである。一般的なPDFのチラシ表示は、画面の小さいスマートフォンでは拡大・縮小・移動を繰り返して閲覧する必要があって不便であった。ベルクのアプリは、そういった問題点を認識して、アプリ上での最適な見せ方(縦のスクロールとカテゴリーガイドだけで一覧できる)を設計した上で、特売情報を提供している。加えて、従来型のWebチラシに慣れた人に対しても、外部サービスのShufoo!(注2)を介してPDFが閲覧できるような配慮もなされている。それ以外の機能についても、全体として利用者のことを考えた設計となっており、このことが高評価の要因となっていると考えられる。低評価のレビューに散見される「バーコード表示画面が眩しすぎる」という問題点も、最近のアップデートで解消されている。

 アプリの評価が高まることは、既存ユーザーの満足度向上を意味するだけでなく、将来的なユーザーの拡大にもつながる。全顧客の中でのアプリユーザー比率が高まれば、それだけリーチが広がり、情報伝達のためのメディアとしての価値が向上して、長期的なアプリ導入の投資対効果は高まる。将来的には、新聞購読率が低下し折込チラシの存在感が低まる中で、それを代替するメディアとしての可能性も見えてくるかもしれない。そういった意味でも、小売ビジネスの中に有機的にアプリを取り込んでいくためには、既存のメディアにはない、アプリならではの提供価値を創造していくことが不可欠である。

 スーパーマーケットをはじめとする店舗小売業が、アプリを通じてどのような価値を消費者に提供するのか、できるのかは、未だ定式化されているわけではない。しかし、こういった新しい施策においても、顧客志向の原則は変わらない。単に「こういった情報を発信したい」「これまでしてきた」という供給側の論理を超えて、消費者がアプリに何を望んでいるのか、どういった情報を必要としていて、どのような形であればストレスなくそれを受け入れられるのかという視点が、今後はアプリおよびアプリを通じたサービスの構築に強く求められるだろう。

<注>
1 ユーザーインターフェイス。ユーザーと製品・サービスの接触面のことで、具体的にはユーザーが視認し操作する部分全体を指す。特にWebサービスについてよく用いられる。UIを操作してサービス価値を享受する一連の経験をUX(ユーザーエクスペリエンス)という。
2 Shufoo!(シュフー)は、凸版印刷株式会社が提供するWebサービスで、業態やチェーンを横断して各社のチラシをWeb・アプリ上で閲覧することができる。http://www.shufoo.net/

 

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