コラム

2017/12/4
小売のマーチャンダイジング業務へのID-POSデータ活用に向けて
祝 辰也
公益財団法人流通経済研究所 主任研究員

なかなか進まないマーチャンダイジング業務へのID-POSデータ活用
 ポイント・カードの普及とともにID-POSデータの活用が注目されるようになって20年以上になる。その間に協働MDや販促提案への活用のために(あるいは単にデータ料収入のために)、取引先メーカーや卸にデータを開示する小売チェーンも増えてきた。開示を受けるメーカーや卸としては、小売や自社にとってより良い提案を作れるよう、ID-POSデータの活用に積極的に取り組もうとする企業も少なくない。
 流通経済研究所が提供するID-POSデータ活用講座「基礎編」、「応用編」、「実践編」は、いずれも毎回定員いっぱいの参加を頂いている。これらの講座はメーカー・卸に限定しているわけではないものの、残念ながら小売企業からの参加はごく少数なのが現状である。
 また、昨年春にポイント・カードを導入している食品スーパーおよびドラッグストア企業に対してID-POSデータの活用と取引先への開示に関するアンケート調査を行ったところ、「商品部でID-POSデータを活用している」という回答の比率が、「取引先にID-POSデータを開示している」という比率よりも低いという結果であった。
 小売の中での、とくに商品部あるいはマーチャンダイジング業務におけるID-POSデータの活用はそれほど進んでいないというのが現状のようである。

マーチャンダイジング業務へのID-POSデータ活用が難しい理由
 小売のマーチャンダイジング業務へのID-POSデータの活用が難しい理由として、
 @ データや変数が多く、分析も結果の解釈もバイヤー業務としては負荷が大きい
 A データ分析結果が具体的な打ち手に直結しない
 B バイヤーの業務量が多く、複雑なデータを活用する余裕がない
 C そもそもID-POSデータの活用に興味がない
などが挙げられる。
 ID-POSデータの活用が注目されるきっかけとなったのは有名な「ビールと紙おむつの併買」の話の影響が大きいと思われるが、実際に日々ID-POSデータ分析を行っていても話題になるような大発見はまずない。ひとつひとつの分析結果からの発見は「小粒」であることがほとんどだし、一部バスケット分析を除けば、上記Aのように具体的な「打ち手」を直接示唆するような分析結果はまず得られない。

マーチャンダイジング業務におけるID-POSデータ活用の位置付けと発想の転換
 健康診断では体重や血圧だけでなく、血液検査からコレステロールや中性脂肪その他多くの項目を検査し、前回からの変化も鑑みて現状の健康状態を判断し、問題個所を明らかにする。しかしだからといって血液検査が直接今後の対処を示唆するわけではない。薬の服用や生活改善など問題個所を改善するためのアクションは検査とは異なる系列の基礎研究や臨床研究から蓄積されたものだ。
 マーチャンダイジング業務へのID-POSデータ活用の位置付けもこれと似ている。直接的な対処法(=売り方)の提供ではなく、部門やカテゴリー、単品の売上とその変化を「お客様の行動」とその変化に分解して把握することが、ID-POSデータの主要な役割といえる。
 例えばあるカテゴリーの売上が前年比で大きく下がったとする。POSデータでは「購買点数」や「購買回数(当該カテゴリーを含むレシート枚数)」、「平均単価」の変化までしかわからないが、ID-POSデータではカテゴリーを購買したユニーク会員数(購買経験率)やカテゴリー購買者あたりの平均購買回数に分解することができる。どちらのウエイトが大きいかにより、取るべき対処法も異なってくる。また会員の性・年代を会員マスターに持っていれば、どのセグメントの数値に問題があるかを把握でき、ターゲット層を明確にした打ち手を考えることができる。
 小売企業として「売上を作る」ための中核を担っているのがマーチャンダイジング業務ではあるが、「売る」ばかりを考えるとお客様不在になりかねない。「売るためにどうしたらよいか」ではなく「買ってもらうためにどうしたらよいか」で考えると、売上変化の要因分解や課題セグメントだけでなく、お客様の行動についてより深く知りたくなるはずである。

基礎指標は定型帳票で、深掘りと打ち手開発は協働MDで
 そうはいっても前述の「ID-POSデータ活用が難しい理由」で挙げた@「データや変数が多く分析も結果の解釈もバイヤー業務としては負荷が大きい」が解決されなければ売上要因分解ですら定着は難しい。購買経験率や購買回数などの基礎指標はユーザーによるデータ検索ではなく「定型帳票」として自動的に定期出力し、担当バイヤーに配信する方が現実的である。事前に講習会などを開き、帳票の見方をユーザーに理解してもらうと同時に、配信される帳票では問題のある数値をハイライトし、それに対するアクションプランを求めるようなワーク・フローを設定するなどすれば、業務での活用が促進されるだろう。
 一方、「ID-POSデータ活用が難しい理由」のBに挙げた「バイヤーの業務量が多く、複雑なデータを活用する余裕がない」については、協働MDや取引先の協力のもとに進めることで解消できる問題である。マーチャンダイジング業務へのID-POSデータ活用をバイヤーが一人で背負う必要はない。とくに課題の深掘りとなれば、データ分析も試行錯誤を伴い時間も手間もかかる。小売のマーチャンダイジングでの打ち手の開発では、一発の満塁ホームランではなく、バントやヒットによる出塁と得点の積み重ねが求められるのであるからなおさらである。
 取引先とのコラボレーションでID-POSデータを用いる際、集計フォーマットをテンプレートとして統一し、その見方も含めて標準化することを試みてほしい。これにより取引先も集計の仕方で悩まなくて済むし、バイヤーもメンバーによって異なるフォーマットの資料を都度理解するのは大きな負担である。米国や欧州のカテゴリー・マネジメントがテンプレートを重視したのは、データの集計と見方を標準化することを通して、データに基づくマーチャンダイジング業務プロセスを標準化し、効率的に進めていくためであり、その考え方はID-POSデータ活用でも同じである。

ID-POSデータ活用の目的は・・・・
 マーチャンダイジング業務におけるID-POSデータ活用の目的は、「ID-POSデータを活用すること」ではない。脅威となる競合がなくビジネスが勢いに満ちているのであれば、あるいは競合とは全く異なる価値提供でお客様の支持を得ているのであれば、敢えてそんな面倒なものを使わないに越したことはない。しかし現在の小売を取り巻く状況では、「売る」ためにどうするか、ではなく「買ってもらうために」どうするか、で考えることが結果として「売上を作る」ことになるのではないだろうか?ID-POSデータは「買ってもらうために」お客様を見るためのツールなのである。